メスを使用しないパイプカット(No-Scalpel Vasectomy:NSV)

バセクトミー(パイプカット)とは

一般的には「パイプカット」という呼称が広く使われていますが、当院では医学的な英語表記に基づき、**バセクトミー(Vasectomy)**という名称を用いています。

バセクトミーは、男性が行う避妊方法の一つです。精子は精巣で作られた後、左右の「精管」という細い管を通って運ばれます。バセクトミーは、この左右の精管を陰嚢内で処理することで、精子が精液中に出ないようにする手術です(下図参照)[1]。

バセクトミーは世界的に広く行われている男性避妊手術の一つであり、家族計画の選択肢として位置づけられています。適切に行われた場合、高い避妊効果が期待できます[2]。

一方で、将来的に妊娠を希望する可能性がある方には慎重な検討が必要です。また、手術後すぐに避妊効果が得られるわけではなく、術後の精液検査で精子が認められないことを確認するまでは、他の避妊方法を継続する必要があります。

当院では、患者さんのライフプランやご希望を十分に確認したうえで、NSV法によるバセクトミーが適切かどうかを判断し、丁寧にご説明いたします。

新しいバセクトミー法:ノースカルペル・バセクトミー

No-Scalpel Vasectomy:NSVとは?

当院では、バセクトミーの術式として、**ノースカルペル・バセクトミー(No-Scalpel Vasectomy:NSV)**を採用しています。

“Scalpel”とは「メス」を意味します。NSVは、従来のように皮膚を切開して精管へ到達する方法ではなく、小さな穿刺孔から精管を確認し、処理を行う術式です。皮膚への侵襲を抑えることを目的としており、術後の痛み、出血、感染などのリスクを軽減できる可能性が報告されています。

NSVは1991年にCornell大学のLiらによって報告され[3]、その後、欧米を中心に世界的に広く行われるようになった術式です。一方、日本ではまだ従来の皮膚切開を伴う方法が行われている施設も多く、NSVを実施している医療機関は限られています。

NSVでは、専用の器具を用いて精管を把持し、周囲組織を剥離しながら精管へ到達します。そのため、安定して行うためには、NSV特有の手技に習熟していることが重要です。バセクトミーを検討される際には、術式だけでなく、術者の経験、術後管理体制、合併症への対応、術後精液検査の有無などを含めて、医療機関を選択することが大切です。

当院では、男性不妊・男性避妊に関する診療経験を有する医師が、十分な説明と同意のもとでNSV法によるバセクトミーを行っています。また、大学病院としての安全管理体制を踏まえ、感染対策や術後合併症への対応にも配慮しています。

なお、バセクトミーは高い避妊効果が期待できる方法ですが、手術直後から避妊効果が得られるわけではありません。術後一定期間は他の避妊方法を継続し、精液検査で精子が認められないことを確認する必要があります。また、将来的に妊娠を希望する可能性がある方には、慎重な検討が必要です。

NSV法は、メスを使わず、小さな穿刺孔から精管を引き出して処理する低侵襲な手術です。従来法と比べて、出血や痛み、感染などの術後合併症が少なく、傷の治りも良好である可能性が報告されています[4]。

 

NSV法を導入した背景と当院の考え方

日本では、バセクトミーはいまだ十分に普及しているとは言えず、「パイプカット」という呼称による誤解も少なくありません。一方、米国では泌尿器科医を中心に、低侵襲な術式である**ノースカルペル・バセクトミー(No-Scalpel Vasectomy:NSV)**が広く行われています。

術者である木村は、米国留学中にNSV法を知り、Cornell大学 NewYork-Presbyterian Hospitalにおいて、パートナーが付き添いながらバセクトミーを受ける様子を実際に経験しました。この経験をきっかけに、2013年の帰国後、日本で「パイプカット」と呼ばれている手術に対する誤解を少しでも減らし、男性避妊の選択肢としてNSV法を適切に提供したいと考えるようになりました。

バセクトミーは、パートナーの身体的負担を軽減しうる避妊法の一つです。将来的な挙児希望がないことを十分に確認したうえで、カップルのライフプランに応じた選択肢としてご検討ください。

米国泌尿器科学会のガイドライン[5]では、精管へ到達する方法として、従来の皮膚切開を伴う方法ではなく、NSVのような低侵襲な方法が推奨されています。欧州泌尿器科学会のガイドラインでも、同様の考え方が示されています[6]。

木村は、バセクトミーの修復である顕微鏡下精管精管吻合術も行っていたため、精管の解剖や手術操作に習熟しています。その経験を活かし、安全性と確実性に配慮したバセクトミーを行っています。

現在、NSV法によるバセクトミーは、東京日帰り手術クリニックで実施しています。術前診察は、東京日帰り手術クリニックのほか、帝京大学医学部附属病院 泌尿器科 性機能外来でも行っています。

なお、当院では「No-Needle Vasectomy」は行っていません。局所麻酔の際には極細針を使用し、できるだけ痛みを抑えた麻酔を行っています。

以下は、木村が研修を受けたCornell大学によるNSVに関するビデオクリップです。NSV法について動画で詳しく知りたい方はご参照ください。

動画紹介

    バセクトミーに関するよくある誤解

    バセクトミーには、いまだに多くの誤解があります。
    日本では「パイプカット」という俗称の影響もあり、「性欲がなくなるのではないか」「精液が出なくなるのではないか」「何か病気にかかりやすくなるのではないか」と心配される方も少なくありません。

    しかし、バセクトミーは性欲や男性機能を低下させる手術ではありません。世界的には、家族計画のために行われる男性避妊法の一つとして位置づけられています。


    1. 性欲がなくなるのでは?

    バセクトミーによって、性欲や勃起機能が低下するわけではありません。

    バセクトミーは、精子の通り道である精管を処理する手術であり、男性ホルモンを産生する精巣そのものを取り除く手術ではありません。そのため、テストステロンの分泌や性欲に直接影響する手術ではありません。

    実際に、バセクトミーを受けた方と受けていない方を比較した研究でも、性機能や性欲に明らかな差は認められなかったと報告されています[7]。また、避妊に対する不安が軽減されることで、パートナーとの関係に満足しやすくなる可能性もあります。

    なお、当院では、バセクトミーをあくまで家族計画のための避妊手術として行っています。将来的な挙児希望がないことを十分に確認したうえで、適応を慎重に判断します。


    2. 精液が出なくなるのでは?

    バセクトミーを受けても、射精そのものができなくなるわけではありません。

    精液の大部分は、精嚢や前立腺で作られる液体です。バセクトミーでは、精子が通る精管を処理しますが、精嚢や前立腺の働きは保たれます。そのため、手術後も精液は射出されます。

    変化するのは、精液の中に精子が含まれなくなる点です。精子は精液全体のごく一部であるため、射精量や射精感が大きく変わることは通常ありません。

    ただし、手術直後から精液中の精子が完全になくなるわけではありません。術後しばらくは精管内に残っている精子が排出される可能性があるため、精液検査で精子が認められないことを確認するまでは、他の避妊方法を継続する必要があります。


    3. 他の病気にかかりやすくなるのでは?

    バセクトミーによって、心臓病、脳卒中、高血圧、認知症、精巣腫瘍などのリスクが上昇するとは考えられていません。これらについては、過去の研究でもバセクトミーとの明らかな関連は示されていません[8]。

    前立腺がんとの関連については、過去にいくつかの研究で議論されていますが、バセクトミーが前立腺がんのリスクを明らかに高めるとは結論づけられていません[9,10]。一部に関連を示唆する報告もありますが[11]、研究方法や解析上の限界も指摘されています[12]。現時点では、バセクトミーを検討する際に、根拠が十分でない情報だけで判断する必要はないと考えられます[13]。

     

    他の避妊法との比較

    世の中には様々な避妊法があります。代表的なものがコンドーム、女性の避妊法としては卵管結紮術、ピル内服、子宮内避妊器具などです。以下にそれぞれのベネフィットとリスクを表にしました。

      避妊側 避妊率 その他
    バセクトミー 男性 99.5% つなぎ直すのは大変
    コンドーム 男性 84% 避妊率低い
    ピル
    緊急ピル
    女性 92-97%
    89%
    性欲の変化、多血症のリスク(静脈血栓症)
    子宮内避妊器具
    (IUD)
    女性 99.2-9% 体内異物のリスク、ピルと同様の副作用あるものも、生理が変化する可能性あり
    卵管結紮 女性 99.0% 体の負担大きい、永久的に避妊

     

    バセクトミーを受ける前に知っておきたい大切なこと

    多くの手術がそうであるように、バセクトミーを受ける前に、十分な説明と理解がされていることがとても大切になります。過去の研究でバセクトミーを受けた後に挙児を希望した人は19.6%、切った部分をつなぎ直す精管精管再吻合術を受けた人は2%と報告されています [14]。これらの多くは新しいパートナーが出来た方ですが、本手術に対する術前のカウンセリング不足やそれに伴う理解不足も原因です。普段の外来ではすべてをご説明する時間が取れないこともございますので、以下に要点を列挙します。

    1. バセクトミーは永久的な避妊を意図して行うものである。
    2. バセクトミー後に妊娠する確率は完全にゼロではなく、無精子もしくは不動精子を術後に確認しても1/2000に起こりえる。それでもほかの方法より格段に低い。
    3. 手術の際の合併症(血腫や感染)は1-2%で起こり得る。
    4. バセクトミー後に慢性的な陰嚢部痛が1-2%に起こり得る。陰嚢の知覚過敏がある方は適応ではないかもしれない [15]。
    5. バセクトミー後に再婚して子供を再び作りたいという方もいます。顕微鏡下精管精管吻合術がありますが、この手術を前提には考えないでください。
    6. バセクトミー以外にも避妊法はあります。人に強要されて行う手術ではないので、必ずパートナーと相談して、双方の同意で手術を決めてください。
    7. 術後に精液検査をして無精子、もしくは運動精子がいなくなることを確認するまで他の方法で避妊してください。

    上記以外でご質問のある方はお問い合わせフォームでお願い致します。

    NSVを考えている方へ

    • 東京日帰り手術クリニック(金曜午前)か帝京大学医学部附属病院 泌尿器科 木村の外来をお電話で予約ください。
    • 疑問点がある場合は相談メールでお問い合わせ下さい。
    • 施術が終わった後は何事もなくお帰りいただいていますが、当日は車での来院はお控えください
    • 日帰り手術の費用は自費診療となり 200, 000円(税別)になります。その他、安全に手術を行うための術前検査が必要で、手術費用とは別途ご負担いただきます。

     

    参考文献

    [1]            Jamel S, Malde S, Ali IM, Masood S. Vasectomy. BMJ. 2013: 346:f1674

    [2]            Schwingl PJ, Guess HA. Safety and effectiveness of vasectomy. Fertil Steril. 2000 May: 73:923-36

    [3]            Li SQ, Goldstein M, Zhu J, Huber D. The no-scalpel vasectomy. J Urol. 1991 Feb: 145:341-4

    [4]            Cook LA, Pun A, Gallo MF, Lopez LM, Van Vliet HA. Scalpel versus no-scalpel incision for vasectomy. Cochrane Database Syst Rev. 2014: 3:CD004112

    [5]            Sharlip ID, Belker AM, Honig S, et al. Vasectomy: AUA guideline. J Urol. 2012 Dec: 188:2482-91

    [6]            Dohle GR, Diemer T, Kopa Z, et al. European Association of Urology guidelines on vasectomy. Eur Urol. 2012 Jan: 61:159-63

    [7]            Mohamad Al-Ali B, Shamloul R, Ramsauer J, et al. The Effect of Vasectomy on the Sexual Life of Couples. J Sex Med. 2014 May 12:

    [8]            Kohler TS, Fazili AA, Brannigan RE. Putative health risks associated with vasectomy. Urol Clin North Am. 2009 Aug: 36:337-45

    [9]            Cox B, Sneyd MJ, Paul C, Delahunt B, Skegg DC. Vasectomy and risk of prostate cancer. JAMA. 2002 Jun 19: 287:3110-5

    [10]          Holt SK, Salinas CA, Stanford JL. Vasectomy and the risk of prostate cancer. J Urol. 2008 Dec: 180:2565-7; discussion 7-8

    [11]          Siddiqui MM, Wilson KM, Epstein MM, et al. Vasectomy and risk of aggressive prostate cancer: a 24-year follow-up study. J Clin Oncol. 2014 Sep 20: 32:3033-8

    [12]          Sokal DC, Labrecque M, Belker AM, et al. Prostate cancer and vasectomy: deja vu! J Clin Oncol. 2015 Feb 20: 33:669-70

    [13]          Weiss RS, Li PS. No-needle jet anesthetic technique for no-scalpel vasectomy. J Urol. 2005 May: 173:1677-80

    [14]          Sharma V, Le BV, Sheth KR, et al. Vasectomy demographics and postvasectomy desire for future children: results from a contemporary national survey. Fertil Steril. 2013 Jun: 99:1880-5

    [15]          Morley C, Rogers A, Zaslau S. Post-vasectomy pain syndrome: clinical features and treatment options. Can J Urol. 2012 Apr: 19:6160-4