メスを使用しない顕微鏡下パイプカット(マイクロNSV)

はじめに

いわゆるパイプカットという呼称は、日本人が作った俗語ですので、ここでは英語表記に従ってバセクトミー(Vasectomy)という事にします。これからは日本でもバセクトミーが標準的な呼称になることを望んでいます。当院では顕微鏡下でのノースカルバセクトミー(NSV)を実施しており、今後広がっていくかもしれませんが、このやり方は国内初であると思います。

本術式は従来型のパイプカット法と置き換わるであろう術式でありますが、実際に豊富に症例を経験している医師は国内に少数です。一部のクリニックでは従来型パイプカットしか経験のないもしくは症例の少ない医師がNSVのデメリットや必要性がないことを主張しています。しかし、それは自分の実力のなさをあたかも論理的に正当化しているだけであって、日本の医療の発展を妨げる有害な発信そのものです。従って私の行うパイプカットは世界標準術式になっているNSV法で行うことにしています。

また某NSVクリニックではあたかも当院の症例数が少ないように他院比較として表示されており、虚偽に満ちた問題のある記載だと考えられます。実際に某NSVクリニックから術後合併症の相談を何度も受けたことがあり、術後感染の問題からも大学でこの手技を開始し、現在では同様レベルの状況でバセクトミーを行う環境を整えてきました。

バセクトミー(パイプカット)とは

パイプカットという手術が誤解に満ち溢れているのを懸念して、あえてバセクトミーという言葉を使っています。バセクトミーは世界で最も多用されている避妊方法の一つです。精子が通る管を「精管」と呼び、精子の製造工場である精巣から膀胱側に向かって2本の精管がのびています。バセクトミーは陰嚢内で両側の精管を切断する手術のことです [1]。数ある避妊方法の中で、最も安全で優れた避妊方法の一つです [2]。世界でどのくらいの人がこの手術を受けているかというと、ニュージーランドで23%、米国、オランダ、韓国で11%、オーストラリアで10%、中国で9%という報告があり、世界中で行われている手術です。景気が悪くなると挙児を希望しないためバセクトミーの件数が増加するという報告もあり、この結果は本手術が家族計画のために行われていることを物語っています。

新しいパイプカット法:ノースカルペル バセクトミー (No Scalpel Vasectomy: NSV)とは?

Scalpelとはメスのことです。欧米諸国ではNSVは標準治療になっていますが、まだ日本では従来のパイプカット が行われているのが現状です。1991年にコーネル大学のリー先生が初めて報告し [3]、その後、世界中に広まっていった手術法です。

従来のバセクトミーと比較すると特殊な器具とテクニックを必要としますが、メスを使用しないので低侵襲で短時間の手術が可能になります。また下の写真のように陰嚢に穴をあけて精管を引き出す形になりますので、従来のパイプカットと比較して確実に精管を切断でき、出血が少なく、感染、痛みなどの術後合併症も少なく、術後の傷の治りも格段に良好です [4]。

日本ではまだパイプカットは普及しているとは言えませんが、アメリカでは泌尿器科医が中心になってNSV手術を行っています。私はアメリカ留学中に本術式を知り、実際にコーネル大学ニューヨークプレステビアン病院で奥様がそばにつき添いながら手術を受けている状況を目の当たりにしました。この体験がもとで2013年の帰国時に日本ではパイプカットと呼ばれているこの手術の誤解を解き、積極的にNSVを行う決心をしました。是非パートナーの負担を軽減するためにも、避妊法の一つとして積極的に考えていただければと思います。

アメリカ泌尿器科学会ガイドライン [5]でも、精管を取り出す際には古い方法ではなくNSVのような低侵襲な方法を推奨しています(原文はこちら)。またヨーロッパ泌尿器科学会のガイドラインも同様の見解です [6]。術者である木村は顕微鏡下でコンスタントに精管吻合術を行っており、その経験から精度の高いパイプカットが実施可能です。

また私がNSVを日本で本格的に行おうと思ったのは、まだまだ誤解があり普及していないこの術式を、1人でも多くの患者さんに体験してもらいたく、標準化されたNSVを大学で始めることにしました。現在は東京日帰り手術クリニックで万全の体制で手術を行なっています。(術前診察は東京日帰り手術クリニックの他に、帝京大学泌尿器科性機能外来でも行っています)

これは私が研修を行ったコーネル大学のNSVに関するビデオクリップです。興味のある方はご覧になって下さい。

注)当院ではNo needleは行なっておりません。局所麻酔の際に極細針(マイクロニードル)を使用していますので麻酔の痛みは殆どありません。

顕微鏡下でバセクトミーを行うメリット

  • 2022年から新たに顕微鏡下手術を取り入れました。手術費用は据え置きのままです。
  • 精管周囲の血管の処理が確実にできます。
  • 精管のocclusion(精路を塞ぐこと)が確実にできます。
  • 処置中に顔を近づけなくて良いので、自然な姿勢が取りやすく手術がスムーズです。

バセクトミーの誤解 (本当にデメリットがあるのか?)

1. 性欲がなくなってしまうのでは?

多くの人がバセクトミーに対して様々な誤解を持っています。日本ではパイプカットの総称で、性欲が強い方が去勢のために、また遊び人が心配なく婚外交渉できるようにするものという誤解がありますが、そのようなことに対して行う手術ではありませんし、当院でそのような方はバセクトミーの適応となりません。バセクトミーに対する世界の認識は家族計画のためグローバルスタンダードな避妊法です。

バセクトミーをすると精力がなくなってしまうと考えている人が多いようですが、そのようなことはありません。最近のオーストラリアで行われた研究でもバセクトミーした人と、していない人を比較すると性機能や性欲は変わりがないことが報告されています [7]。それ以上にパートナーとの関係に満足している人が多いようです。

2. 精液が出なくなってしまうのでは?

手術後に精液が出なくなってしまうとご心配数する方もいらっしゃいます。精液の成分は殆どが精嚢と前立腺液で作られています。これらの精液は引き続き出ますが、その中に精子がいなくなるだけです。ですから、射精に関しては変化することはありません。

3. 他の病気にかかりやすくなってしまうのでは?

バセクトミーをすると心臓病、脳卒中、高血圧、痴呆、精巣腫瘍のリスクが上昇するということはありません。これらは過去の研究から、本手術と何ら関係がないことが証明されています [8]。その中でも前立腺癌との関連性が話題になることが多いようです。これには賛否両論ありJAMAやJournal of Urologyからバセクトミーは前立腺癌のリスク増加とは無関係という報告がされています [910]。最近、バセクトミーはハイリスク前立腺癌の増加と関連性を認めたとされる文献が発表されました[11]。これに関しては、研究の方法や解析結果に問題があるのではという声があがっています[12]。恐らくはバセクトミーが前立腺癌に与える影響はあったとしても微弱なもので、男性はバセクトミーを考えるとき、このような根拠が弱く、証明されていない仮説に影響されないようにと締めくくっています[13]。

他の避妊法との比較

世の中には様々な避妊法があります。代表的なものがコンドーム、女性の避妊法としては卵管結紮術、ピル内服、子宮内避妊器具などです。以下にそれぞれのベネフィットとリスクを表にしました。

避妊側 避妊率 その他
バセクトミー 男性 99.5% つなぎ直すのは大変
コンドーム 男性 84% 避妊率低い
ピル
緊急ピル
女性 92-97%
89%
性欲の変化、多血症のリスク(静脈血栓症)
子宮内避妊器具
(IUD)
女性 99.2-9% 体内異物のリスク、ピルと同様の副作用あるものも、生理が変化する可能性あり
卵管結紮 女性 99.0% 体の負担大きい、永久的に避妊

実際の治療

  • 日帰り手術 180, 000円(税別)

実際の診療の流れについては以下の書類をご参照下さい。

初診時から実際の手術日までの流れのまとめ→バセクトミー患者用パンフレット

手術中の痛みに関して

従来のバセクトミー(所謂パイプカット)は時としてひどい痛みを伴い、手術中の血圧低下など危険な状態に陥る可能性もあります。当院では局所麻酔導入時に極細針を使用することにより局所麻酔の針を刺す時でさえ殆ど痛みを感じない手法をとっています。これにより、ほぼ無痛手術を実現しています。

後悔しないためバセクトミーを受ける前に知って頂きたいこと

多くの手術がそうであるように、バセクトミーを受ける前に、十分な説明と理解がされていることがとても大切になります。過去の研究でバセクトミーを受けた後に挙児を希望した人は19.6%、切った部分をつなぎ直す精管精管再吻合術を受けた人は2%と報告されています [14]。これらの多くは新しいパートナーが出来た方ですが、本手術に対する術前のカウンセリング不足やそれに伴う理解不足も原因です。普段の外来ではすべてをご説明する時間が取れないこともございますので、以下に要点を列挙します。

  1. バセクトミーは永久的な避妊を意図して行うものである。
  2. バセクトミー後に妊娠する確率は完全にゼロではなく、無精子もしくは不動精子を術後に確認しても1/2000に起こりえる。それでもほかの方法より格段に低い。
  3. 手術の際の合併症(血腫や感染)は1-2%で起こり得る。
  4. バセクトミー後に慢性的な陰嚢部痛が1-2%に起こり得る。陰嚢の知覚過敏がある方は適応ではないかもしれない [15]。
  5. バセクトミー後に再婚して子供を再び作りたいという方もいる。当院では顕微鏡下精管精管吻合術を行っておりますが、この手術を前提には考えないでください。
  6. バセクトミー以外にも避妊法はあります。人に強要されて行う手術ではないので、必ずパートナーと相談して、双方の同意で手術を決めてください。
  7. 術後に精液検査をして無精子、もしくは運動精子がいなくなることを確認するまで他の方法で避妊しなければならない。

上記以外でご質問のある方はお問い合わせフォームでお願い致します。

NSVを考えている方へ

  • まずは東京日帰り手術クリニック(金曜午前外来)か帝京大学医学部附属病院 泌尿器科(木曜午後性機能外来)をお電話で予約ください。
  • 疑問点がある場合はまず相談メールでお問い合わせ下さい。
  • 施術が終わった後は何事もなくお帰りいただいていますが、当日は車での来院はお控えください
  • 術後に万が一、陰嚢痛が持続する、元に戻したい(修復したい)という状況になっても責任を持ってフォローいたします。(詳細は顕微鏡下精索除神経術もしくは顕微鏡下精管精管吻合術のページを参照してください)
  • 診療はすべて性機能学会・生殖医学会専門医の木村が担当致します。

参考文献

[1]            Jamel S, Malde S, Ali IM, Masood S. Vasectomy. BMJ. 2013: 346:f1674

[2]            Schwingl PJ, Guess HA. Safety and effectiveness of vasectomy. Fertil Steril. 2000 May: 73:923-36

[3]            Li SQ, Goldstein M, Zhu J, Huber D. The no-scalpel vasectomy. J Urol. 1991 Feb: 145:341-4

[4]            Cook LA, Pun A, Gallo MF, Lopez LM, Van Vliet HA. Scalpel versus no-scalpel incision for vasectomy. Cochrane Database Syst Rev. 2014: 3:CD004112

[5]            Sharlip ID, Belker AM, Honig S, et al. Vasectomy: AUA guideline. J Urol. 2012 Dec: 188:2482-91

[6]            Dohle GR, Diemer T, Kopa Z, et al. European Association of Urology guidelines on vasectomy. Eur Urol. 2012 Jan: 61:159-63

[7]            Mohamad Al-Ali B, Shamloul R, Ramsauer J, et al. The Effect of Vasectomy on the Sexual Life of Couples. J Sex Med. 2014 May 12:

[8]            Kohler TS, Fazili AA, Brannigan RE. Putative health risks associated with vasectomy. Urol Clin North Am. 2009 Aug: 36:337-45

[9]            Cox B, Sneyd MJ, Paul C, Delahunt B, Skegg DC. Vasectomy and risk of prostate cancer. JAMA. 2002 Jun 19: 287:3110-5

[10]          Holt SK, Salinas CA, Stanford JL. Vasectomy and the risk of prostate cancer. J Urol. 2008 Dec: 180:2565-7; discussion 7-8

[11]          Siddiqui MM, Wilson KM, Epstein MM, et al. Vasectomy and risk of aggressive prostate cancer: a 24-year follow-up study. J Clin Oncol. 2014 Sep 20: 32:3033-8

[12]          Sokal DC, Labrecque M, Belker AM, et al. Prostate cancer and vasectomy: deja vu! J Clin Oncol. 2015 Feb 20: 33:669-70

[13]          Weiss RS, Li PS. No-needle jet anesthetic technique for no-scalpel vasectomy. J Urol. 2005 May: 173:1677-80

[14]          Sharma V, Le BV, Sheth KR, et al. Vasectomy demographics and postvasectomy desire for future children: results from a contemporary national survey. Fertil Steril. 2013 Jun: 99:1880-5

[15]          Morley C, Rogers A, Zaslau S. Post-vasectomy pain syndrome: clinical features and treatment options. Can J Urol. 2012 Apr: 19:6160-4