慢性精巣痛と顕微鏡下精索除神経術

慢性陰嚢(精巣)痛とは

慢性陰嚢(精巣)痛(chronic orchialgia/testicular pain)とは「両側もしくは片側の精巣の痛みが3ヶ月以上にわたって、連続的にもしくは間欠的に続く状態」と定義されています[1]。実際の訴えとしては、睾丸の鈍痛や蹴られるような痛みがしばしばおこり、場合によっては射精後・性交後に悪化します。このように睾丸の痛みが慢性的に続き、非常に精神的ストレスになっている方が多くいます。その多くは原因不明であり、さらに原因のわからない痛みは医療者側(特に泌尿器科医)にもストレスであり、診療に多大な時間を割くことになります。慢性陰嚢痛は解剖学的には、精索や精索周囲の神経変性が慢性陰嚢痛と関連しているという報告があります[2]。鑑別すべき痛みとして、陰茎や前立腺の痛みがありますが、このような症状は治療対象に該当しません。

保存的治療法

ロキソニンやボルタレンなどの非ステロイド性鎮痛薬、抗うつ剤、抗生物質、抗けいれん薬などが処方されることがあります。このような薬物療法が奏効しない場合は、外科的治療を考慮することになります[3]。またペインクリニックでブロック注射を行う場合もありますが、この治療は延々と行う必要があるため、希望により手術を提示することもあります。

外科的治療法

以前は睾丸を摘出するほどの方もいたようです。当科で実施しているのは顕微鏡下精索除神経術(Microsurgical denervation of spermatic cord: MDSC)になります。この術式は1978年にDevineとSchellhammerによって初めて報告されました[4]。その後、主にRush大学のLevine先生によって臨床と研究が精力的になされています[5, 6]。この方法だと、睾丸を摘除することなく、精索内やその周囲の神経を切断することにより、70%以上の症例で痛みを取ることができます[6-8]。この手術法はまだ日本では十分普及しておりませんが、低侵襲で慢性陰嚢痛に有効な治療法です。2009年に小生がニューヨークのコーネル大学で顕微鏡手術トレーニングをした際に、この手術の存在を知りました。最近の報告では、慢性陰嚢痛に対して他の手術をした症例でもMDSCは一定の除痛効果があるようです[8]。

また慢性陰嚢痛の鑑別疾患として、慢性精巣上体炎があります。精巣痛はなく精巣上体に限局した痛みであれば精巣上体摘除術をご提案することもあります。

実際の手術

全身麻酔によって手術を行います。手術自体は顕微鏡下精索静脈瘤低位結紮術に除神経を加えたもので高度な顕微鏡手術のテクニックが必要です。精巣の付け根あたりから頭側に約4㎝程切開し、精索周囲の神経を切断、その後に精索内の顕微鏡下手術で行なっています。

精索には精管の他に内精、外精動静脈、リンパ管があり、精索内外には細かい神経が走っています。この手術では精管、リンパ管、動脈は顕微鏡下で温存し、それ以外の精巣に行く部分はすべて切断するので、睾丸を摘除することなく、精巣からの神経を遮断することが出来ます。下の図は手術のイメージです。

赤:動脈、青:リンパ管、白:精管

手術後に傷は陰毛に隠れて目立ちません。手術時間は約1.5-2時間であり、精巣動脈を可能な限り温存するため手術中には超音波ドップラー血流計を使用しています。

傷は溶ける糸で表面を縫いますので、外来での抜糸は必要ありません。通常は日帰り手術か2泊3日の入院になり、手術もしくは退院翌日から仕事は可能です。手術3日後に傷表面の絆創膏テープをはがしてください。1週間から10日間は激しい運動、飲酒、入浴を控えてください(シャワーは術当日から可能です)。

痛みは9割の方で手術後数日から数か月かけて徐々にとれていきます。

当科の治療成績

当院での術後成績をお示しします。

3ヶ月後の検討では下図のように約8割の方で精巣痛は完全に消失、9割弱のかたが痛み止めの服用を中止できています。また当科の慢性精巣痛に対する取り組みがきょうの健康6月号に掲載されています。詳しくはこちらでご確認ください。

患者様からの手紙

実際に長年陰嚢痛に悩まされていた方から頂いたお手紙です。

診察までの流れ

  • 慢性陰嚢痛に関して、診断や治療をご希望の方は泌尿器科性機能外来(木曜日PM)で対応しております
  • 電話(泌尿器科外来直通:03-3964-8262)でご予約をお取りください。
  • 紹介状がない場合は選定療養費の5400円が必要になります。紹介状がなくても予約は可能です。
  • メール相談もしていますので、ご希望あればフォームに記入してください。しばらくお待ちいただく事もありますが、できる限り迅速にお返事いたします。
  • 診察は日本泌尿器科学会専門医・性機能専門医木村将貴が担当致します。

きょうの健康に本疾患と治療法が掲載されました

慢性精巣痛で悩まれている方は意外に多くいらっしゃいます。今回原稿執筆依頼があり、慢性陰嚢痛の病態と顕微鏡下精索静脈瘤除神経術についてきょうの健康で説明させて頂きました。

参考文献

[1] Davis BE, Noble MJ, Weigel JW, Foret JD, Mebust WK. Analysis and management of chronic testicular pain. J Urol. 1990 May: 143:936-9
[2] Parekattil SJ, Gudeloglu A, Brahmbhatt JV, Priola KB, Vieweg J, Allan RW. Trifecta nerve complex: potential anatomical basis for microsurgical denervation of the spermatic cord for chronic orchialgia. J Urol. 2013 Jul: 190:265-70
[3] Granitsiotis P, Kirk D. Chronic testicular pain: an overview. Eur Urol. 2004 Apr: 45:430-6
[4] Devine CJ, Jr., Schellhammer PF. The use of microsurgical denervation of the spermatic cord for orchialgia. Trans Am Assoc Genitourin Surg. 1978: 70:149-51
[5] Levine LA, Matkov TG, Lubenow TR. Microsurgical denervation of the spermatic cord: a surgical alternative in the treatment of chronic orchialgia. J Urol. 1996 Mar: 155:1005-7
[6] Levine LA, Matkov TG. Microsurgical denervation of the spermatic cord as primary surgical treatment of chronic orchialgia. J Urol. 2001 Jun: 165:1927-9
[7] Heidenreich A, Olbert P, Engelmann UH. Management of chronic testalgia by microsurgical testicular denervation. Eur Urol. 2002 Apr: 41:392-7
[8] Larsen SM, Benson JS, Levine LA. Microdenervation of the spermatic cord for chronic scrotal content pain: single institution review analyzing success rate after prior attempts at surgical correction. J Urol. 2013 Feb: 189:554-8