精索静脈瘤に対する顕微鏡下低位結紮術

精索静脈瘤とは?

精索静脈瘤は精巣の血液を心臓側に戻すつる状静脈叢の拡張で、一般男性の15%に認められるとされています [1]。精索静脈瘤は精巣内の造精機能(精子を作る力)に影響を及ぼすとされており、徐々に悪影響を及ぼしていくことから男性不妊の原因の代表的なものの一つになっています。一般に第1子不妊(お子さんができない)の約35%、第2子不妊(二人目のお子さんができない)となっている男性の約70%に精索静脈瘤が認められることが知られています[2, 3]。

精索静脈瘤の原因は?

精索静脈瘤はその解剖的な理由から、左側に多く発生するといわれています [4-6]。その主な原因の一つは、精巣静脈の走行にあります。左側は左腎静脈に直角の角度で流入し、その経路が右側より長いため逆流が生じやすいとされています[4-6]。このため精巣静脈の血液がよどむため、精巣の温度の上昇や[7, 8]、酸化ストレスの増加[9-14]、カテコラミン等のホルモンの濃縮が起こり、精巣が精子を作る機能を弱めるという説が有力です。興味深いことに、片方の静脈瘤でも、両側の精巣の温度が上昇し、両側性に障害をきたすとされています[15]。

精索静脈瘤と酸化ストレス

精索静脈瘤により発生する精巣への障害を考えるとき、酸化ストレスが重要な役割を果たしています[9-14]。酸化ストレスは活性酸素と抗酸化作用のバランスが崩れることにより、発生します。多くの実験で、精巣における過剰な酸化ストレスと抗酸化作用の低下が、精子を作る働きを邪魔すると報告しています[14, 16]。さらには酸化ストレスの上昇がゲノムとミトコンドリアDNAの破壊を引き起こし、最終的には精子を形成する働きを担うメカニズムに影響を及ぼすとされています[17]。最近、精索静脈瘤の手術がこのようなDNA障害を軽減するという報告がでています[18, 19]。

精索静脈瘤はどのような時に治療するのか?

ヨーロッパ泌尿器科学会の男性不妊症に対するガイドライン[20]やアメリカ生殖医学会のガイドラインを参照すると、精液所見が正常の場合や、腹圧をかけても触知できないサブクリニカルな静脈瘤は治療してもメリットがないとされています。また女性パートナーが正常もしくは治療できる範囲の不妊症であることが必須です。静脈瘤の診断は一般に難しく、主観的な要素も多いので、超音波によって診断する方が正確だという意見もあります[21-23]。ヨーロッパ泌尿器科学会のガイドラインでは、不妊症カップルで精液所見が異常な場合は静脈瘤がないかチェックすることを強く推奨していますので、そのような方は当科男性不妊外来の受診をお勧め致します。また、精索静脈瘤があるために慢性的な陰嚢部痛を訴える方もいます。精索静脈瘤を放置しても自然に治ることはありませんので、このような方たちは手術の適応となります。

どのような治療法があるのか?

現在本邦で行われている治療は大きく分けて4種類あります。

高位結紮術 へそ脇あたりの腹部の切開で腎臓に近いほうの精巣静脈を縛る方法。
低位結紮術 そけい部(足の付け根のあたり)の小切開で精巣に近い方の静脈を結紮する方法。
腹腔鏡下手術 腹腔鏡を使っておなかの中の精巣静脈を縛る方法。
経皮的静脈塞栓術 放射線科で精巣静脈に塞栓物質(血管の中にコイルなどを)を詰める方法。

この中でも小さな皮膚切開で顕微鏡を使用して手術する「顕微鏡下低位結紮術」が確実に静脈の切断とリンパ管、動脈の温存が可能なことから、一番手術成績が優れており、体の負担が少なく、精巣萎縮、陰嚢水腫などの合併症も少ないとされています[24, 25]。顕微鏡手術のトレーニングが必要であり高度な技術が要求されますので、可能な施設が限られます。当科ではこの方法を採用しております。

実際の精索静脈瘤の手術法は?

局所麻酔手術では表面に痛み止めの軟膏を塗ってから局所麻酔を行いますので、最初に針を刺した感覚も鈍くなります。その後、精索ブロック注射によって痛みは完全に無くなりますが、手術中に睾丸が引っ張られるような違和感があります。皮膚切開の場所は図のように足の付け根あたりから少し上の場所を2.5㎝程なので、手術後に傷は陰毛に隠れて目立たなくなります。

皮膚切開の位置

手術では切開創から精索を持ち上げて、これを顕微鏡下で細かい静脈を結紮し、動脈、リンパ管を温存します。動脈を可能な限り温存するため手術中には超音波ドップラー血流計を使用しています。

当院の手術用顕微鏡にてマイクロ手術を行います。

顕微鏡下低位結紮術は日帰り手術も可能なほど低侵襲な手術ですが、難易度に個人差があり術者によって成績が大きく変わる特殊な手術です。泌尿器科医は本来顕微鏡手術のトレーニングを受けていません。精索静脈瘤の顕微鏡下低位結紮術術を満足なレベルで執刀するには医師として早い段階で顕微鏡手術のトレーニングを受け、さらにその後も経験を積むことが要求されます。このようなキャリアデザインは一般的な泌尿器科医のそれとは一線を画しており、顕微鏡下精索静脈瘤手術を十分に経験した泌尿器科医は日本全国でも非常に少ないと思います。

顕微鏡で見た拡大像。高倍率で静脈を結紮、動脈とリンパ管は残します。

時間節約のために動脈・リンパ管の温存が不十分になってしまうと、本来の手術の意味がなくなります。当院では内精動脈、外精動脈、精管動脈の3つを温存するように心がけ、静脈瘤残存の原因にもなる外精静脈の逆流も処理しており確実な手術を行っています。クリニックによっては患者さんの数をこなすために保険診療で日帰り手術を行い剥離と動脈温存を怠り一塊に結紮する時間短縮法が取られているようです。この方法はグローバルスタンダードとは程遠く、当然ながら治療成績の低下、陰嚢水腫の増加、精巣血流低下の危険性があります。術者である木村は過去に300人以上の低位結紮術を経験していますが、丁寧な手術を行うとどのように頑張っても手術時間が1時間を切ることはなく現在平均1時間半で安定しています。

精索静脈瘤手術の目的は動脈・リンパ管の温存と静脈の結紮なのですが、術者によって温度差があり簡単に済ませてしまうこともできます。したがって十分な経験と情熱があり時間と労力をかけることができる医師を選択すべきでしょう。また当院のような症例数の多い施設(high volume center)においては手術成績が安定し合併症のリスクが少なくなることが分かっています。したがって年間20例未満の施設は保険診療であっても避けるべきかと考えます。

手術のリスクは?

一般的に内出血が20−30人に1人、陰嚢水腫、精巣萎縮が1%、再発や残存が数%です。幸いにも現在まで合併症のため再入院、再手術を行なった方はおりません。

精索静脈瘤手術の術後は?

傷は溶ける糸で表面を縫いますので、外来での抜糸は必要ありません。低位結紮術だと術後の痛みは軽くて済みますので、手術翌日から仕事が可能となります。数日間痛み止めと抗生剤を内服していただきます。手術2日後に傷表面のテープはがしてください。7日間は激しい運動、飲酒、入浴を控えてください(シャワーは術当日から可)。術後経過は日帰り手術でも同様です。

費用に関して

  • 全身麻酔による入院2泊3日手術:保険診療 自己負担約 12万円(術前検査・術後傷確認を含まない、食事代、室料差額別)
  • 局所麻酔による日帰り手術:自費診療 22万円(術後傷確認を含む、術前検査別)

人工授精、体外、顕微授精などの生殖補助技術と並行して精索静脈瘤の治療を行うことにより、不妊治療のトータルでかかるコストが低くなるという事が報告されています[26]。したがって、明らかな静脈瘤がある場合は、不妊治療に静脈瘤手術を加えるのが治療コスト面でも良い方法です。

治療効果は?

精索静脈瘤手術が精液所見の改善に寄与することは、強い根拠をもって証明されており、7割を超える患者さんが、術後の精液所見が改善しています。ただし、自然妊娠率を改善するかどうかは、臨床試験の難しさもあることから、完全には証明されていません[27]。また体外受精などの生殖補助医療と同時に静脈瘤の治療をする場合は、その効果が早期に現れるのかどうかが問題となります。最近の研究では、静脈瘤手術後5ヶ月で精液所見が改善するという報告[28]、術後3ヶ月で精子のDNAの質が改善するという報告[29]などがあり、クリニックで不妊治療をされているカップルにもメリットがあることが示されています。ただしこのトピックに関してはいまだ統一された見解はないので今後の更なる研究が必要でしょう。以下のグラフは当院での顕微鏡下低位結紮術のデータです。手術3ヶ月で改善の傾向を認め、6ヶ月では明らかに精子濃度や運動率が改善しています。

術後精液検査は有意に改善

患者さんへのメッセージ

  • 男性因子による不妊症は想像しているよりも多いので女性側の負担を減らすためにも、ぜひ積極的に受診してください!
  • 診断から手術執刀まで全て経験豊富な生殖医療専門医(木村)が担当します。
  • 不妊治療はスピード感が重要です。外来受診から手術まで極力お待たせしないように心がけています。メール対応できますので、お気軽にお問合せください。
  • 平日受診が難しい方のために、土曜日外来を開設しております。是非ご活用ください。
  • 精索静脈瘤の90%は左側にできます。もしクリニックで両側精索静脈瘤と診断された場合は不必要な手術を受ける可能性があります。
  • 時間短縮法での手術や症例数が少ない施設での全身麻酔手術は治療効果や合併症の面で心配があります。当院では適切なトレーニングと豊富な症例数を経験した生殖医療専門医がコーネル大学原法に基づく方法をアレンジし、安全で確実な手術を実施するよう努めています。

問い合わせ

精索静脈瘤の診断、治療をご希望の方は泌尿器科・男性不妊外来で対応しておりますので、電話(泌尿器科外来直通:03-3964-8262)もしくは予約専用電話:03-3964-1498でご予約をお取りください。紹介状がない場合は選定療養費の5400円が必要になります。紹介状がなくても予約は可能です。

メールでの相談を希望の場合は「相談メール」のページからフォームに入力してください。適宜お返事いたします。

男性不妊診療は木村将貴が担当いたします。

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