メスを使わない新しいパイプカット(ノー スカルペル バセクトミー: NSV)

はじめに

いわゆるパイプカットという呼称は、日本人が作った俗語ですので、本文では精管結紮術の正式な英語表記に従ってバセクトミー(Vasectomy)と表記いたします。パイプカットという手術が誤解に満ち溢れているのを懸念して、あえてバセクトミーという言葉を使っています。今後日本でもバセクトミーが標準的な呼称になることを望んでいます。

バセクトミーとは

世界で最も多用されている避妊方法の一つです。精子が通る管を「精管」と呼び、精子の製造工場である精巣から膀胱側に向かって2本の精管がのびています。バセクトミーは陰嚢内で両側の精管を切断する手術のことです [1]。数ある避妊方法の中で、最も安全で優れた避妊方法の一つです [2]。世界でどのくらいの人がこの手術を受けているかというと、ニュージーランドで23%、米国、オランダ、韓国で11%、オーストラリアで10%、中国で9%という報告があり、世界中で行われている手術です。景気が悪くなると挙児を希望しないためバセクトミーの件数が増加するという報告もあり、この結果は本手術が家族計画のために行われていることを物語っています。

新しいパイプカット法: No scalpel Vasectomy (NSV)とは?

Scalpelとはメスのことです。欧米諸国では標準治療になっていますが、まだ日本では従来の方法で行われているのが現状です。日本ではまだ普及しておりませんが、1991年にコーネル大学のLi先生が初めて報告し [3]、その後、世界中に広まっていった手術法です。従来のバセクトミーと比較すると特殊な器具とテクニックを必要としますが、メスを使用しないので低侵襲で短時間の手術が可能になります。また陰嚢に穴をあけて精管を引き出す形になりますので、術中の出血が少なく、感染、痛みなどの術後合併症も少なく、術後の傷の治りも格段に違います [4]。

日本では美容外科医がパイプカットをすることが多いようですが、アメリカでは泌尿器科医が中心になって行っています。私はアメリカ留学中にNSVを知り、実際にコーネル大学ニューヨークプレステビアン病院で奥様がそばにつき添いながらNSVを受けている状況を目の当たりにしました。この体験がもとで帰国後に日本ではパイプカットと呼ばれているこの手術の誤解を解き、積極的にNSVを行う決心をしました。

日本の現状は美容外科など専門外の医師による従来法での施術や不衛生な環境での施術が行われています。私はこの点を改善し、標準的で衛生的な施術を心がけています。

本術式は決して特殊なものではありません。2012年にアメリカ泌尿器科学会がバセクトミーに関してガイドラインを出しています [5]。それによると、精管を取り出す時には従来の方法ではなくて、NSVのような低侵襲な方法を推奨しています。またヨーロッパ泌尿器科学会のガイドラインも同様の見解です [6]。

これは私が研修を行ったコーネル大学のNSVに関するビデオクリップです。興味のある方はご覧になって下さい。

注)当院ではNo needleは行なっておりません。その代わり針の穿刺痛防止の麻酔クリームを使用しています。

 

バセクトミーの誤解 (本当にデメリットがあるのか?)

1. 性欲がなくなってしまうのでは?

多くの人がバセクトミーに対して様々な誤解を持っています。日本ではパイプカットの総称で、性欲が強い方が去勢のために、また遊び人が心配なく婚外交渉できるようにするものという誤解がありますが、そのようなことに対して行う手術ではありませんし、当院でそのような方はバセクトミーの適応となりません。バセクトミーに対する世界の認識は家族計画のためグローバルスタンダードな避妊法です。

バセクトミーをすると精力がなくなってしまうと考えている人が多いようですが、そのようなことはありません。最近のオーストラリアで行われた研究でもバセクトミーした人と、していない人を比較すると性機能や性欲は変わりがないことが報告されています [7]。それ以上にパートナーとの関係に満足している人が多いようです。

2. 精液が出なくなってしまうのでは?

精液が出なくなってしまうとご心配数する方もいらっしゃいます。精液の成分は殆どが精嚢と前立腺液で作られています。これらの精液は引き続き出ますが、その中に精子がいなくなるだけです。ですから、射精に関しては変化することはありません。

3. 他の病気にかかりやすくなってしまうのでは?

バセクトミーをすると心臓病、脳卒中、高血圧、痴呆、精巣腫瘍のリスクが上昇するということはありません。これらは過去の研究から、本手術と何ら関係がないことが証明されています [8]。その中でも前立腺癌との関連性が話題になることが多いようです。これには賛否両論ありJAMAやJournal of Urologyからバセクトミーは前立腺癌のリスク増加とは無関係という報告がされています [910]。最近、バセクトミーはハイリスク前立腺癌の増加と関連性を認めたとされる文献が発表されました[11]。これに関しては、研究の方法や解析結果に問題があるのではという声があがっています[12]。恐らくはバセクトミーが前立腺癌に与える影響はあったとしても微弱なもので、男性はバセクトミーを考えるとき、このような根拠が弱く、証明されていない仮説に影響されないようにと締めくくっています[13]。

他の避妊法との比較

世の中には様々な避妊法があります。代表的なものがコンドーム、女性の避妊法としては卵管結紮術、ピル内服、子宮内避妊器具などです。以下にそれぞれのベネフィットとリスクを表にしました。

避妊側 避妊率 その他
バセクトミー 男性 99.5% つなぎ直すのは大変
コンドーム 男性 84% 避妊率低い
ピル
緊急ピル
女性 92-97%
89%
性欲の変化、多血症のリスク(静脈血栓症)
子宮内避妊器具
(IUD)
女性 99.2-9% 体内異物のリスク、ピルと同様の副作用あるものも、生理が変化する可能性あり
卵管結紮術 女性 99.0% 体の負担大きい、永久的に避妊

実際の治療

日帰り手術150, 000円(消費税別)、もしくは1泊2日入院 175,000円(消費税別)になります。

実際の診療の流れについては以下の書類をご参照下さい。

 

手術中の痛みに関して

従来のバセクトミー(所謂パイプカット)は時としてひどい痛みを伴い、手術中の血圧低下など危険な状態に陥る可能性もあります。理由として不慣れな施設や症例数が少ないクリニック、美容外科など特定の医師が決まっていない医療現場などでは局所麻酔が十分に効いておらず、血圧低下などの迷走神経反射がおきる可能性があるからです。

当科では手術を行う前に抗不安薬、局所麻酔が含まれた麻酔クリームを塗布することにより、局所麻酔の針を刺す時でさえ痛みを取り除く方法をとっています。これにより、ほぼ無痛手術を実現しています。

採血が苦手であるとか、血を見るのが苦手、神経質な方は迷走神経反射が起こりやすく、局所麻酔に対する自信がなければ大学病院での施術をお勧めしています。また都内提携クリニックで施術を希望の場合は個別相談に応じますので相談メールでお問い合わせ下さい。

 

バセクトミーを受ける前に知って頂きたいこと

多くの手術がそうであるように、バセクトミーを受ける前に、十分な説明と理解がされていることがとても大切になります。過去の研究でバセクトミーを受けた後に挙児を希望した人は19.6%、切った部分をつなぎ直す精管精管再吻合術を受けた人は2%と報告されています [14]。これらの多くは新しいパートナーが出来た方ですが、本手術に対する術前のカウンセリング不足やそれに伴う理解不足も原因です。普段の外来ではすべてをご説明する時間が取れないこともございますので、以下に要点を列挙します。

  1. バセクトミーは永久的な避妊を意図して行うものである。
  2. バセクトミー後に妊娠する確率は完全にゼロではなく、無精子もしくは不動精子を術後に確認しても1/2000に起こりえる。それでもほかの方法より格段に低い。
  3. 手術の際の合併症(血腫や感染)は1-2%で起こり得る。
  4. バセクトミー後に慢性的な陰嚢部痛が1-2%に起こり得る。陰嚢の知覚過敏がある方は適応ではないかもしれない [15]。
  5. バセクトミー後に再婚して子供を再び作りたいという方もいます。当院では顕微鏡下精管精管吻合術を行っておりますが、この手術を前提には考えないでください。
  6. バセクトミー以外にも避妊法はあります。人に強要されて行う手術ではないので、必ずパートナーと相談して、双方の同意で手術を決めてください。
  7. 術後に精液検査をして無精子、もしくは運動精子がいなくなることを確認するまで他の方法で避妊してください。

 

NSVを考えている方へ

  • バセクトミー(パイプカット )は本来であれば泌尿器科医による手術が行われるべきです。またNSVは特殊なパイプカット になりますので、施行できる泌尿器科医は限られています。専門外の美容外科ではなく、当院もしくは都内提携クリニックで清潔な環境、万全の体制で施術を提供します。
  • 毎週日帰り手術を行なっています。施術が終わった後は何事もなくお帰りいただいていますが、当日は車での来院はお控えください
  • バセクトミー後に万が一、陰嚢痛が持続する、元に戻したい(修復したい)という状況になっても責任を持ってフォローいたしますのでご安心ください(詳細は顕微鏡下精索除神経術もしくは顕微鏡下精管精管吻合術のページを参照してください)。
  • 手術をご希望の方は性機能外来をご予約ください。性機能学会専門医の木村が担当いたします。ご不明な点は泌尿器科外来へ電話(外来直通:03-3964-8262)もしくは相談メールでご相談ください。
  • アメリカではクリニックのほか大学でもバセクトミーが行われており、泌尿器科主導での標準的な手術が行われています。女性の負担を軽減するためにも、避妊法の一つとして積極的に考えていただければと思います。

 

東北地方にお住いの方へ

  • 宮城県仙台市青葉区 かんとうクリニック(仙台駅から車で4分)でもノースカルペルバセクトミーを行っています。
  • 山形県、福島県、岩手県、秋田県、青森県など東北地方在住でNSVをご希望の方がいましたらクリニックにお問い合わせください。(電話:022-397-7762)

 

参考文献

[1]            Jamel S, Malde S, Ali IM, Masood S. Vasectomy. BMJ. 2013: 346:f1674

[2]            Schwingl PJ, Guess HA. Safety and effectiveness of vasectomy. Fertil Steril. 2000 May: 73:923-36

[3]            Li SQ, Goldstein M, Zhu J, Huber D. The no-scalpel vasectomy. J Urol. 1991 Feb: 145:341-4

[4]            Cook LA, Pun A, Gallo MF, Lopez LM, Van Vliet HA. Scalpel versus no-scalpel incision for vasectomy. Cochrane Database Syst Rev. 2014: 3:CD004112

[5]            Sharlip ID, Belker AM, Honig S, et al. Vasectomy: AUA guideline. J Urol. 2012 Dec: 188:2482-91

[6]            Dohle GR, Diemer T, Kopa Z, et al. European Association of Urology guidelines on vasectomy. Eur Urol. 2012 Jan: 61:159-63

[7]            Mohamad Al-Ali B, Shamloul R, Ramsauer J, et al. The Effect of Vasectomy on the Sexual Life of Couples. J Sex Med. 2014 May 12:

[8]            Kohler TS, Fazili AA, Brannigan RE. Putative health risks associated with vasectomy. Urol Clin North Am. 2009 Aug: 36:337-45

[9]            Cox B, Sneyd MJ, Paul C, Delahunt B, Skegg DC. Vasectomy and risk of prostate cancer. JAMA. 2002 Jun 19: 287:3110-5

[10]          Holt SK, Salinas CA, Stanford JL. Vasectomy and the risk of prostate cancer. J Urol. 2008 Dec: 180:2565-7; discussion 7-8

[11]          Siddiqui MM, Wilson KM, Epstein MM, et al. Vasectomy and risk of aggressive prostate cancer: a 24-year follow-up study. J Clin Oncol. 2014 Sep 20: 32:3033-8

[12]          Sokal DC, Labrecque M, Belker AM, et al. Prostate cancer and vasectomy: deja vu! J Clin Oncol. 2015 Feb 20: 33:669-70

[13]          Weiss RS, Li PS. No-needle jet anesthetic technique for no-scalpel vasectomy. J Urol. 2005 May: 173:1677-80

[14]          Sharma V, Le BV, Sheth KR, et al. Vasectomy demographics and postvasectomy desire for future children: results from a contemporary national survey. Fertil Steril. 2013 Jun: 99:1880-5

[15]          Morley C, Rogers A, Zaslau S. Post-vasectomy pain syndrome: clinical features and treatment options. Can J Urol. 2012 Apr: 19:6160-4